大東流合気柔術 錬体会 (合気錬体会)


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大東流合気柔術錬体会第二代総師範 有満庄司

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 合気錬体会 公式見解              2021年3月2日

合気錬体会総本部総師範 有満庄司です。これからお話しすることの詳細は当ホームページの「木村達男先生質問状」「高橋賢先生新著作」に吉丸慶雪先生存命中のままにしてあります。参照してください。

 
1.吉丸先生の離門(破門ではない)の理由

初代総師範である吉丸慶雪先生の佐川道場離門について色々と誤解があるようですので、真実をある程度公開することにしました。ここまで踏み込んで書くのは初めてです。そもそも吉丸先生は「言い訳するのは武術家の恥。佐川先生は自分が悪いと分っているのだから、それで良い」と考える実直古風なタイプで、私もこれまでその考えを尊重してきました。しかし最近そのことで吉丸慶雪先生の人格を貶められたり、更には将来に亘り私の門人が肩身の狭い思いをすることになるのは違うと考えるようになりました。

それに現代においては、その離門理由を正直に明かさないと何かあるのだろうと変な勘ぐりをされるようです。自分からは喋らないという沈黙の美学は通用しないようです。離門理由を明かさないのは、佐川幸義先生の名声に傷がつくのではないかという吉丸先生の佐川先生への敬愛ゆえであったのです。何故そこまで敬愛するのかというと、吉丸先生は幼い頃父親を亡くしており佐川先生を第二の父と慕っていたからです。佐川家で家族のように扱われ養子にと請われたのですから当然の思いだったのでしょう。


吉丸慶雪先生は破門とされたのではありません。ただ単に佐川道場を辞めただけの話で、師弟関係まで辞めたわけではありません。その証拠に離門にあたり吉丸先生が佐川先生に出した手紙は佐川先生を非難することなくむしろ自分を下に佐川先生の依頼に応えられない自分が悪いとする内容で、自分が悪かったと自覚する佐川先生からの返信は帰ってきて欲しい気持ちもあり吉丸先生からの申し入れに一切触れずにまた非難等なく感謝と今後も交誼を結びたいとしています。現在の芸能やスポーツでも辞めたからといってかつての師弟関係まで無かったことになるわけではないのですが、佐川先生絡みだとおかしくなります。それにその離門に追い込んだ原因は佐川幸義先生側にあります。

その離門に至る経緯ですが、東中野に大東武術協会という佐川道場の支部を設立してしばらくは支部と本部の二足の草鞋状態であった吉丸先生でしたが支部が忙しくなるにつれ本部道場に行けない日が何日か続くようになると、佐川先生自ら支部道場まで訪ねてきて「〇〇〇〇で困っている。吉丸君、何とかしてくれ」と頼まれるようになりました。それまで家庭や道場での困りごとを吉丸先生に丸投げしていたので佐川先生は多々困るようになった様です。それで佐川先生は「道場の稽古で××××で困っている」こともあり支部を辞めさせて本部の指導に専念させようと考えたのか、無理難題を押し付けるようになりました(佐川先生は吉丸先生が佐川道場を辞めるとは考えておらず、経営が困れば支部を辞めるだろう位にしか考えていなかったと思われます)。それが段々エスカレートして被害が友人の堀辺師範を始めとする支部全体にまで及ぶ事態になり、とうとう入門以来初めて佐川先生の依頼を断ったのです。吉丸先生にとって佐川先生の頼みを断ると言うことは主命を断ると同意であり昔であれば切腹ものの様に感じたようです。自分一人であれば耐えるのみであったのですが、堀辺師範や支部の門人を巻き込む訳にはいかなかったようです。

その責任を自分一人で取ることを決め支部を閉鎖、手紙を出し佐川道場を辞めることにしたのです。大金を出して支部を出してくれた堀辺師範の恩に報いるために換骨拳設立を手伝い軌道に乗ると換骨拳道場も離れました。
この話が真実である証拠の一つが、吉丸先生が突然佐川道場を辞めたことで「しまった。やりすぎた」と思った佐川先生は使者二人を出して「先生がお金を出して支部を出す。その支部を吉丸さんに任すから帰ってきてもらいたい」と伝えてきたことです。

更に吉丸慶雪先生が換骨拳道場を離れてしばらく後に、佐川先生が堀辺師範を訪ねて来たそうです。そして「吉丸君に渡してくれ」と免状2枚を置いていったそうです。確認すると堀辺師範に中伝3段、吉丸先生に総伝8段の免状でした。しかし当時、吉丸先生は連絡先不明の上、堀辺師範は大東武術協会の件で佐川先生に良い感情がなかったので2枚纏めて自宅押入れに放り込み、吉丸先生に連絡がつかないまま忘れてしまったそうです。そして自宅の引越しの際のゴタゴタで所在不明となったそうです。この件は、換骨拳道場を離れた吉丸先生に佐川先生が帰ってきて欲しいという思いだったのか、今後武術界で生きる上での思いやりだったのか、離門の原因を作ったことへの謝罪だったのか、今となっては分らないままですが、大事な点は辞めた弟子に対して新たな免状を贈るその意味です。道場を辞めた今でも絆は切れていないというメッセージに他ならないと思います。
紛失した8段の免状は見つけたら届けるし必要があれば証言するとまで堀辺師範は言ってくださったのですが、平成28年にお亡くなりになられたのでこのままでしょう。現物がない以上、「木村達雄先生質問状」にて佐川先生75歳以降の門人の方々の感情に配慮して「大東流傳合気道8段」として発表しましたが、吉丸先生の離門の原因の一つが、大東武術協会設立の際に普及しやすいように大東流傳合気道の名称を使うことを許して頂いていたにもかかわらず、後出しで佐川先生に〇〇〇〇と言われ不興を買ったことなので、佐川先生が大東流傳合気道の名称で総伝8段を出すことなどありえないのですが、免状が所在不明である以上、「大東流傳合気道8段」となっています。

吉丸先生は高橋先生+佐門会相手の裁判中「破門、破門」と連呼されるので、首を捻り佐川道場在籍時を振り返って「佐川先生は私を破門になんかできないよ。もし破門にすれば困るのは佐川先生の方だからね。師弟関係があるから、離れていても先生を立てる。でも師弟関係が無くなれば、私は自由に発言できる。そうすると困るのは原因を作った佐川先生だよ。佐川先生は秘密が多いからね。私に自由に喋られると困ることになる」と言われていました。他にも「親子喧嘩が拗れただけ。先生だって門人達に自分が悪かったと言えないだろうし、私にも意地がある」とも言われていました。確かに佐川先生が道場で吉丸先生の離門の原因を聞かれ、正直に「自分が悪かった」とは答えられない立場であったことは分ります。それで拗れてしまったのでしょう。しかし真相により吉丸先生が佐川道場を辞めた経緯と原因を知れば、佐川先生が道場内で強弁しても実際には破門に出来なかった理由が理解できることと信じます。ただ私の印象では、仮に佐川先生が吉丸先生に破門を通告してきていたとしても吉丸先生は只何も言わず受け入れただろうなと思います。もうそれは信仰に近く、佐川先生のカリスマゆえでしょうか。

2.佐川派大東流を名乗る理由と免許について

なぜ佐川派大東流を名乗るのかと言うことですが、私は佐川派大東流だけでなく山本派大東流、植芝合気道、大東流傳合気道、心技護身拳と5流儀を継承しています。この全てを名乗っているのですが、吉丸慶雪先生が一番長く修行し思い入れも深く技術的にも技法的にも数多い佐川派大東流を標榜することが多いのです。またそれが吉丸先生の願いでもありました。佐川先生の正伝(特に一元)の第一人者であり、他の弟子が全く知らない技や術理、考え方や生活まで知っているという自負があったようです。

佐川先生は吉丸先生が入門後しばらくすると吉丸先生を育てることに決め、秘密主義ゆえにその指導内容を知られたくない先輩の〇島さんに英明録を渡して独立させました。そして吉丸先生を手取り足取りして正伝大東流、特に一元(一ヶ条)を徹底的に仕込み後輩の指導等を任せました。吉丸先生も期待に応えようと稽古を休まず修練し、10年して佐川先生に「まあまあ」と言われるまでになったのです。なにしろ佐川先生は武術に関して人を誉めるということが一切なかったそうで、佐川先生の弟の佐川廣氏が吉丸先生の演武を見て「吉丸さんもなかなかやるのではないか」と言ったところたちまち不機嫌になったそうです。吉丸先生は当時を思い出して「あんな懇切丁寧な指導は75歳過ぎた先生にはもう無理だろう」と話されていました。

また佐川先生は他の門人が一人も来ない時には普段の稽古で一切見せない秘伝技や創作技の数々を次々掛けてくれたそうです。佐川先生にしたら一度も試したことの無い技を使うことは不安があるので、体格も運動神経も良く口の堅い吉丸先生を相手に試していたのでしょう。実際、口止めはもちろん記録を残さないことも厳命され、更に稽古日記も提出させられたそうです。このときの技は佐川派別伝として合気錬体会に継承されています。

佐川派大東流の免許の件ですが、支部設立の際の教授資格として大東流柔術秘伝目録を渡され、「大東流を名乗って教授して良い、一元だけでなく上級技も教えて良い、独自に段位を発行して良い」、この3点も印可されました。英名録だと入門料を佐川先生に納めなければならないため、支部設立の資金を出した堀辺師範に入門料が入るようにということです。佐川先生に許可を得ずに独自に段位発行ができるので支部とは名目で実質独立できる内容ですが、それは堀辺師範が交渉上手だったからだと思います。この大東流柔術秘伝目録を吉丸先生から印可十段の免状とともに私有満は継承しています。また高橋賢先生との裁判において「佐川先生75歳までの佐川派大東流と75歳以降の佐川伝大東流は住み分けし、お互いに干渉しないこと」を確認しています。

※大東流の免許制度について
武田惣角先生の大東流には本来段位制度は無く、先生に代わって大東流を教えてよいという免許制度(教授代理)です。現在は各道場によって違うのでしょうが、極端に言えば免許があれば無段でも先生に代わって教えることが出来るということです。吉丸慶雪先生の大東流柔術秘伝目録は「大東流合気武術総本部 宗範 佐川幸義」名で戴いており、佐川先生、吉丸先生、堀辺師範の三者による話し合いにより「佐川先生の大東流を名乗り技法の制限無く教え、また佐川先生の許可を取らずとも自由に佐川道場と同じ段位を出して良い」という言質を取っていることになります。


   
  昭和50年8月に大東合気武術協会を設立するにあたり佐川先生より
  出された自筆による指導許可免状の大東流柔術秘伝目録
(教授代理)


   昭和42年11月吉日
   佐川派の印が押された中傳三段免状
   佐川派大東流合氣武術總本部
   宗範  佐川幸義


最新情報

令和3年06月12日(土)
「講習会のお知らせ」を更新致しました。

令和3年04月28日(水)
「講習会のお知らせ」
を更新致しました。
緊急事態宣言により、会場が5月11日まで使用できなくなりました。
それで感染対策を十分取った上で講習会場を変更いたします。
よろしくお願いいたします。



令和3年02月10日(水)
「講習会のお知らせ」
を更新致しました。
緊急事態宣言の持続により、続けて会場が3月7日まで使用できなくなりました。
それで感染対策を十分取った上で講習会場を変更いたします。
よろしくお願いいたします。

 


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佐川幸義先生は次のように話しています。 
 「結局の処(諸々の技は)合気之体を作ることが目的であって、合気之体が出来ればどのように動いても技になり合気になる。」1974.11.21
 「研究と体の鍛錬(★合気之体・合気之錬体)がその程度に達していれば見せられただけで出来るものだ」1968.11.25

 合気之体(合気之錬体)とは弛緩力(呼吸力・勁力)を使う体のことです。年月が掛かっても伸筋制御理論(伸筋理論と言うのは短絡です)を学習しながら一元合気錬体法を訓練すれば弛緩力は体得できます。
 吉丸慶雪も弛緩力が完全に理解できたときに自然に合気が出来るようになりました。合気道の上級者なら合気理論の映像と解説をヒントとして合気を自得することが可能です。


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合気錬体会は次の技法を伝承しています。

1.佐川派大東流合気武術第八元まで
 佐川幸義先生(大東流合気武術宗範)は昭和42年6月頃より昭和47年頃までの5年間佐川派大東流合気武術を正式に名乗っていますが、吉丸貞雄の習った昭和36年より昭和51年まで15年間の技法は佐川派大東流を含むので、佐川先生75歳以降の佐川伝大東流の技法と区別するために佐川派大東流としています。

2.山本佐藤伝大東流合気柔術 秘伝奥義之事
 武田惣角先生より山本角義先生(大東流合気柔術総主)が相伝した大東流合気柔術の秘伝奥義技を、佐藤金兵衛先生に伝えたもので、秘伝奥義技と共に【大東流合気柔術秘伝奥義之事】の免状を佐藤金兵衛先生-吉丸貞雄(慶雪)-有満庄司と伝承しました。この免状に基づいて大東流合気柔術錬体会段位を発行しています。

3.植芝佐藤伝大東流合気柔術
 昭和24年岩間町に疎開されていた植芝盛平先生(合気道開祖)に、佐藤金兵衛先生が3ヶ月間朝昼晩と師一人弟子一人の直伝を受け、武田惣角先生の大東流合気柔術を伝承したものです。その技法は佐藤金兵衛先生から吉丸慶雪-有満庄司に伝承されています。


合気錬体会 支部・研究会の御案内

稽古課目 大東流伝合気道 合気拳法心技護身拳
入会金、月謝、講習内容は各支部により異なります。
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〇福島県 いわき支部  秋山利男   TEL 090-7661-1979
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〇山梨県 山梨支部   代永昌三   TEL 0553-22-1855 


〇奈良県 橿原支部   森井由樹               
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